こんにちは、こんばんは、おばんです、どすこいばっつです!
仕事をしていて、同じ職場にいても優秀になる人、ならない人がいる中で、自分はだいたいその「ならない人」側の人間という自負があります。
では、そのならない人でいいのか、なる人になりたいのか。なった所で何を成し遂げたいのか。
なぜなりたいのかを自分なりに分析、自己解釈してみたと思います。
何者かになりたいとはどういうことか?
「何者かになる」というのはどういうことなのでしょうか?いったい何になりたいのかを深堀してみようと思います。
- 誰かから認められて「あの人はこの分野においてはすごい人」とか言われること
- 様々な人に影響を与えられる人
- 他者から引きあげてくれたり育ててくれたり、チャンスを与えられる人
- 飲み会やグループなどではいつも話の中心になっていること
- 強豪チームの1軍レギュラーになる
- 選抜に選ばれる
私が思う何者になりたいというのは「目立って、称賛されたい!敬え!」というのが根底にあるのかなと思いました。
ちやほやされる、つまり自分に良くしてくれ!ということの現れなのでしょう。しかし、何もしていない人に対して、人々は注目をしてくれるのでしょうか?
否、何かをしてくれたからこそ人々は自分に対して、結果的に返してくれるのだと思います。
上記のように大多数の人から信頼されていなければいけない中で、ほとんどの人が「何者でもない人」であります。
何者かになるためには、まず人々を幸福にしていくというマインドセットが根底に必要になるのかもしれません。
結論
書いているうちに自分の中では、誰か一人でもいいので「特別な人=安心、尊敬してもらえる人」になれればメディアに取り上げられた!とか、社内でも有名ななんとかさん、という人にならなくてもいいや、という結論にいたりました。
ただ、仕事をしてお金をもらっている人というのは、確実に誰かの役に立っているし、不特定多数の人の生活を豊かにしているので、何かしらの仕事やアルバイトをしている時点で、意識をしていなくても、目的は達成していることと思っています。
もちろんお金をもらっていないボランティアなんて、誰かの役に立ちたいための活動なので、最強の幸福度爆上げツールでしょう。
仕事でなくても、子育てをしている方も、子どもを育てるという子どもにとって役に立つといいますか、親はほとんど無くてはならない存在です。(DVは論外。すぐに離れて!)
その誰かの役に立つことの誰かの母数を増やすことが、自分にとっては幸福度が上がっていくのかなとは思っております。
私も落ちこぼれ人生ではありますが、結婚し、子どももいるので、現状それなりに幸福度高く暮らせているので、「何者であるか」はさほど重要じゃないのかもしれません。
なんか、書きたいことを適当に書いてしまったのでいろいろと論理や考えがあっちこっちいってしまいましたが、また落ち着いた時に深く考えてみたいなとは思います。